私の終活を考えてみました

 

今月9日に夫のお母さんが亡くなりました。

そのため、昨日までブログを更新できませんでした。

 

私たち夫婦は事実婚のため法律上義父や義母と呼べないので、誤解ないよう夫父、夫母と呼ぶことにします。

喪主は夫父でしたが、高齢のため代理で私の夫が務めました。

夫母は90歳、夫父とは山の小さな小学校の時から80数年間一緒に過ごしてきた兄妹以上の存在とのこと。夫父は深い悲しみに暮れながらも、この年になるまで夫母のそばに寄り添い、見送ってやれたことを幸せに感じていたそうです。

 

6月2日、私が肝臓手術をした日の翌日、夫母は突然血便と脱水症状が出て、主治医の診断で入院しました。水も食事も取らず話すこともできず、高齢のため検査も手術も出来ないため、原因も分からないまま、ただ点滴により容体を見守ることしかできませんでした。

2週間後、入院時の血便や脱水症状が一応治ったということで退院となりましたが、主治医から今後どうしますかと問われ、夫は夫父や自分の妹達と相談の上、訪問看護による点滴を続けることを希望しました。

そうして7月になり、また点滴の期限がやってきました。夫母は多少認知気味のため、話すことはできないものの、まだ車椅子に座ったり目を動かしたりはできる。まだ生きる意志はあると夫が判断し、再び点滴を継続していくことを望みました。

水も食事も取れなくなれば、点滴をやめた時から生きる望みが絶たれます。

せめて水だけでも飲めるようにと回復を望みながら、それが叶わないことも覚悟していました。

静脈点滴が困難になり、皮下からしかできなくなった時、胃ろうなどの延命は望まないと伝えてあるため、いつかは看取りを迎える時が来る。そう覚悟しながらも、3度目の点滴期間が過ぎましたが、その頃北海道は観測史上なかったような猛暑が連日続いていました。

普通の人でも脱水症、熱中症になるような暑さが続き、さすがに覚悟はしていましたが、それでも施設からは何の連絡も来ませんでした。

そして、その猛暑も過ぎ去った8月9日の朝4時頃、夫母が亡くなりましたとの電話が届きました。

信じられないことに、その前日まで、それまでと特に変わりなく車椅子に乗せられて食堂に行ったり、身体も動かされていたそうで、亡くなる時は、多少息苦しさを訴えられた後、介護の人が気付いた時には息を引き取られていたそうです。

人間の命の不思議さを垣間見たような思いがしました。

 

 

今日は、抗がん剤治療の2サイクル目のスタート日です。大腸がんの手術をした病院で、点滴治療をしました。

今回から、抗がん剤を4種類使う予定でしたが、採血の結果、白血球の数値が基準より低かったこともあり、当初予定していたイリノテカンを外す対応となりました。主治医の説明によりますと、抗がん剤を出来るだけ長く使えるように、3サイクル以降も、イリノテカンを外す化学療法になるそうです。

1サイクル目は、副作用がほとんどなかったため、2サイクル目からは出来るだけガッチリがん細胞をたたくことを期待していたので、イリノテカン無しの治療だと聞いて、正直不安がよぎりました。だだ、長く継続出来なくなったら治療の選択肢も狭まってしまうので、ドクターの説明通りが現時点ではそれがベターな選択なんだろうと理解しました。

更に納得する為に、セカンドオピニオンとして大学病院の受診もしてみようかとも考えています。

いずれにせよ、今は体調も良く思考も前向きなので、冷静に終活的なことも考えてみたいと思います。

今日の2時半予約で、緩和ケア内科も受診しました。

前回、延命治療に関して宿題が出されていました。現時点での私の意思は次の通りです。

・点滴、輸血、苦痛症状をとるための睡眠薬などで眠ることはお願いするが、回復の見込みがない時は、胃ろうを含め経管栄養措置は希望しない。
気管挿管、人工呼吸器、心臓マッサージも希望しない。
・通院が難しくなったら、訪問診療をお願いして可能な限り自宅で過ごしていきたい。
・自宅が難しくなったら、ホスピス病院などに入院する。
・死亡後は、エンバーミング(遺体を長く保存する処理)を施して欲しい。
・遺骨は、海に散骨してほしい。

 

もう一つの宿題であった抗がん剤治療中の私のやりたいことも話しました。

・地元の観光案内人の検定試験を受けて合格すること。
・夫を私の母と姉妹と長女に紹介すること。
・まだ行ってない道南方面にキャンプに行って紅葉の写真を撮ること。
・コロナが収まったら、札幌ドームに行って地元のコンサドーレを応援すること。
・札幌のコンサートに行くこと(中島みゆき松山千春、フジコヘミング)
・丸駒温泉などの温泉宿に泊まり、雪見酒を堪能すること。
・お気に入りのスモーキーなウイスキーを心ゆくまで味わうこと。
・新しいお菓子を作って夫に試食して貰うこと。
・いろんな本をたくさん読むこと。
・地元のカフェ巡りをして、私流のマップを作ること。
・可能だったら北欧を旅すること。

これを見て担当の医師は、北欧旅行を除いては、キャンプもコンサートに出かけることも含めて、「全部できますよ。問題ないです。」と言ってくれました。

 

今日は体調も良いので、冷静に考えられることが良かったと思います。

あとは、免疫力がアップする日常生活を過ごしながら、更に人生を楽しみたいと考えます。夫とも考え方を共有出来て、ストレスフリーで有難いです。

 

夫母は90歳まで夫父と仲良く人生を過ごし、亡くなる前に身近な人とも面会出来て、最後は眠るように亡くなりました。コロナ禍であったこともあり、葬儀も身近な人のみで静かにお見送りできました。

私たちの自宅に夫の親族さんたち四人が泊まってくれて、夫母を偲びながら、ゆっくりとした時間を過ごして貰えました。そして、私もその中に入れて頂けた様な、暖かい気持ちで過ごさせて貰いました。

以前、私の叔父の葬儀の際にお坊さんのお説教でお聞きしたことがありました。

葬儀は、亡くなった方を御供養することだけでなく、残されて人たちが集い語らうことで、ファミリーの絆を感じて孤独が癒されたり、新しい人間関係が構築できる良き機会であると。

今回のことで、初めてお会いした夫の親族さんとも、昔からのお知り合いの様にしみじみとした関係になれたことは嬉しいことでした。

夫は私の次女とは、会ったことがありますが、それ以外の親族には、まだ紹介出来てないので、早くコロナが収束する日が来ることを待ち続けています。