お酒にも合う!?ピクルス作りました

 

ピクルスは、お酒のおつまみやちょっとしたサラダ代わりの野菜料理にもなり、冷蔵庫に入れておくと一週間は保存できるので、覚えておくと便利です。

BARで素敵な小皿に彩りよく出されたりすると、更にウイスキーが美味しくなりますね。

 

1.漬け汁作り(二人前位) --- 多く作る場合は酢、水等を含め全体の分量を増やします。

※下記材料をほうろう鍋等に入れ砂糖が溶けるまで加熱してから冷ましておきます。

酢 100cc
水 100cc
(酢味が濃い場合は水を足すか、半量を白ワインにしてもOK)
砂糖 大さじ2
塩  小さじ1
黒コショウ 5粒
ローリエ 1~2枚
唐辛子 1本(種はほじり出しておく)
あれば ローズマリーなどハーブを適宜

f:id:Asaki-Yumemiko:20210905181428j:plain

 

2.ピクルス用の野菜を用意

〇ポピュラーな野菜 --- 人参、きゅうり、玉ねぎ、大根、ピーマンなど

ピーマンをパプリカに代えると色取りが出て見た目も美味しさがアップします。

・人参、ピーマン(パプリカ)など ---
固めの野菜は熱湯で茹でて、柔らかさ加減をみながら茹で時間を調整します。

人参は40秒、ピーマンは20秒ほど、それぞれ熱湯で茹でたあと、網ですくってざるに入れ冷ましておく。

・きゅうり、玉ねぎ、大根など ---
これら野菜は食べやすい大きさに切っておく

 

〇なければこんな野菜も --- セロリ、カブ、カリフラワーなど

ポピュラーな野菜とは一味違うピクルスが楽しめます。
カリフラワーも固いので、あらかじめ1分ほど茹でて柔らかくしておきます。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210905181449j:plain

 

3.漬け汁の中に用意した野菜を入れて出来上がり

漬け汁と野菜が冷めたら、共にほうろう容器かジップロックの袋に入れて、一晩冷蔵庫保存したら食べられます。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210905181716j:plain

一回目食べきった後も、2回目までは十分に美味しく食べられます。
味が薄くなったら調味料を少し足してみて下さい。

 

今回は野菜が多かったので、
酢 250cc、水 250cc、 砂糖 大さじ5、塩 大さじ1 で準備しました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210905181737j:plain

f:id:Asaki-Yumemiko:20210905181750j:plain

 

夏野菜で美味しい夕ご飯

 

「揚げびたし」

今日も、我が家の菜園で美味しい完熟ミニトマトが収穫できました。

身がしまってきているので湯むきしても形がきれいです。

頂きものの美味しい玉ねぎがあります。名前も素敵な白く美しい「雪景色」。

生食すると触感と味が素晴らしい。 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901160453j:plain

雪景色と普通の玉ねぎ

まず、ミニトマトと厚めにスライスした「雪景色」をめんつゆ(同量の水を足して)に漬け込みます。

次に、フライパンに2cm(揚げ焼きできる位)油を入れ、ニンニク(我が家の菜園で収穫)のスライスを軽くこんがりする程度揚げ、めんつゆ(同量の水を足して)を入れた耐熱容器(だんだん熱くなるので)に入れます。

薄切り豚肉(5~6cmに切って)とインゲン(初めて栽培した北海道産「大虎丸」)とゴーヤ(黄色くなってしまっても食べて問題ないそうなので)とナス(購入したもの)を揚げ焼きして、次々とめんつゆの中に入れます。

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901161752j:plain

黄色くなったゴーヤ

トマトと玉ねぎとは別にしておきます。(一緒にすると熱で柔らくなってしまいます)

 耐熱容器の方が冷めてからすべてを一緒にして冷蔵庫で冷やします。

 ミニトマトのコンポートはよく作りますが、ネットでめんつゆ漬けも美味しいと紹介があり試してみました。かなり美味しいです。

 

 

「インゲンで豆ごはん」

菜園のインゲン(これも「大虎丸」)のさやの中の豆が大きくなっていたので豆ごはんにしてみました。

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901161604j:plain

大虎豆いんげん

グリンピースや枝豆の豆とは違い存在感があって美味しかったです。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901161627j:plain

大虎豆いんげん

 

 

無印良品で「発酵ぬかどこ」を購入してぬか漬けを始めました。

手軽に始められそうなので購入してみました。

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901161921j:plain

 

アボガドや豆腐も美味しいとか、いろいろ試してみたいです。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210901161000j:plain

揚げびたし(上)、インゲン豆ごはん(右)、ぬか漬けきゅうり(左) 

 

治療中でも海外旅行に行ける?

 

8月19日、地元の病院での1サイクル目の抗がん剤治療後、血液検査で白血球(好中球)の数が減っており、ぎりぎりの数値だったため、2サイクル目から予定していたイリノテカンを追加した治療が出来なくなりました。

仕方がないことと思いながらも、さらに納得した上でこれからの治療に臨みたいと思い、大学病院で手術前にお世話になった消化器専門の医師のお話しも伺うことにしました。

8月20日、幸いすぐ次の日に外来の予約が取れました。

その先生は、地元の外科医の紹介により手術前の化学療法を始める際に初めてお会いし、抗がん剤治療になどに大変お詳しいと言われている研究熱心な医師さんでした。

 

前日の病院での面談後に湧いてきた様々な疑問をぶつけてみました。

 

・がんと診断された患者の予後(余命)について

生存期間の値には中央値というものを使います。平均値ではないです。

101人の患者がいた場合、生存期間の短い方から長い方に数えて51人目の人の生きた期間が中央値というものになります。

平均値は、101人の生存期間を全部足してそれを101人で割ったものになりますが、平均値にすると、長く生きた人や治ってしまった患者さんも1割くらいたりして、平均値を引っ張られてしまいますので、それで中央値という値が使われるようになっています。

従って平均値で見ると中央値より一般的に高くなります。

 

・これらの値は、臨床試験を行うに適当な(基礎疾患等のない)患者さん達に、ある薬の効果を確かめるために行った治療結果によるデータなので、少なくとも5年生存率が出てからしか世の中に結果が出てこない。したがって、5年以上前の治療による結果なので最新のものではない。

 

・ある薬や治療方法ができた時、その効果を確かめるため臨床試験を行う。

臨床試験の結果からしか予後のデータは得られていない。

・薬や転移先の違いによりそれぞれの臨床試験が行われるため、統一したデータは得られないし、様々な臨床試験の結果を集めて統合解析が行われることもない。

・転移先がどこかで臨床試験の結果が全く違う。

抗がん剤がなかった時期は、予後は半年くらいだった。

・1~2年前に30カ月を超え、最新の臨床試験では最大32カ月の中央値が出ている。

 

・それら臨床試験の結果で一番効果があったとされている化学療法を、今あなたに適用して進めている。

 

・強い薬なので、様々な使い方が試みられている。

・手術で取れそうな時は、ガツンと強い薬を与え徹底的にがんをやつける方法を取る。

・手術が難しい場合は、薬を減らしたりたまに休薬したりして、体力を維持しながら、とにかく長く治療を続けられる方法を選択する。

・体力が落ちて骨髄を痛めたりするのが一番怖い。

 

・骨髄の薬は白血球を作っているわけではない。

・白血球(好中球)の数が減少した時に骨髄の薬を注射するのは、骨髄の中に貯めている貯金を取り出して使うようなものなので、できれば使いたくない。

・貯めている貯金?・・・「幼弱な」と言われていたので帰宅してから調べてみたところ、成熟しきってない「幼若」な白血球で、通常は骨髄の中にしか存在しないとのこと。

・白血球を増やせる薬はない。

抗がん剤はがん細胞の増殖を抑えるように働くが、それはサイクルの早い正常細胞にもダメージを与える。白血球や髪の毛、爪などが影響を受けるため、白血球が減ったり、脱毛したり、爪が割れたりするようになる。

・長く抗がん剤を使っていくためにも、どう使うかを患者の状態を見ながら考えていくことが必要。

 

・同じ薬だけ長く投与していると必ず効かなくなってくる。

・現在は、最初の治療を一次として、その後薬や治療方法を変えたりして、5次くらいの段階まで長く治療を続けられるよう試みられていて、その期間、患者は外来で治療を続けられるようになってきている。

・2008年頃までは使える薬は少なかったため、そういった方法は取れず、一度入院するとそのままじわじわ進んでいく状況だった。

・予後が30カ月だった人は、ぎりぎり最後の1~2か月くらいの期間まではあまり変わらずに過ごせる。

・薬が効かなくなった時からがんの進行が一気に進んでいく。

 

・コロナウィルスなどは外から侵入してくるものだが、がんは自分の細胞から生まれたものなので、正常細胞と似た性質を持っていて厄介。

・小さいがんが多発していた場合、小さくはできてもなかなか全部は消えてくれない。

・がんが細胞分裂をやめて冬眠状態に入り、薬がなくなった頃にまた分裂を始めたりもする。

・消えてくれないのなら長く治療していく方法を取る。

・途中休薬していたことで、効かなくなっていた薬がまた効き始めることもあるため、穏やかに長く続けていくことは重要。

・遺伝子の修復機能が壊れてがんになるタイプの患者がいて、全体で5~10%、左側腸の場合3%くらいの割合。そういった人に使える薬がいくつかある。病理体の遺伝子検査で分かる。使えると良いですが。

 

・長く治療していく上で最も重要なことは、本人の「気力・体力・精神力」を維持していくこと。

・くよくよ悩んだりして元気をなくすことが一番悪い。

・なので、途中治療を中断して海外も含めて旅行に出かけたりしてリフレッシュする方が、以後の治療に効果的だったりすることもあるので、体調を維持し、ぜひ実現させてください。

 

ということで先生の話はだいたい終わり、前日より少し元気になって帰宅してきました。

北海道でゴーヤを栽培しました

 

寒冷地北海道で南国のゴーヤ(ニガウリ)を初めて栽培しました。

 

今年の夏の北海道は観測史上初の記録が連発し、東京より暑い日が続くような酷暑の夏でした。

それが幸いしたのか、我が家の庭のゴーヤは、初めての栽培にもかかわらず良く育ちました。

 

夫の話によると、そこは元々アスパラガスを育てる場所だったようでした。

アスパラスは芽が出た苗を買ってきて植える方法と、根っこの部分、根株というものを買ってきて土に埋める方法の二通りの育て方があるようですが、根株の方が大きい苗になりそうだということで、夫は引っ越してきて最初の春、その場所に根株を埋め込みました。

 

アスパラガスは一度植え付ければ10年もの長い間収穫できる野菜だそうで、夫はそれを強調して得意げに私に話していました。

北海道ではアスパラガスの根株を春に埋め込むと翌年から芽が出てくるのですが、

自称家庭菜園の達人(夫)が恥を忍んで語ったところによれば、

初めて植えた根株は、暗くなってから急いで埋めたため、なんと上下逆さま状態に植え込んでしまい、翌年芽が出なかった!

翌年、芽が出てこないのでおかしいと堀り上げてみたら上の状態だったので、慌てて根株を買ってきてまた埋め込んだが、時期が遅かったので元気な根が残っていなかった。

そして今年の春、また芽が出てこないので心配して掘ってみたら腐った状態になっていた!

それで、また新しい根株を買いにいったが、販売シーズンはもう終わっていた。

 

アスパラガス畑にする予定の場所がぽっかり空いてしまい、どうしようかと考えた夫は、ありきたりの野菜を植えてもつまらないと、今年だけ試しにゴーヤの苗を植えてみようということになり、「あばしゴーヤ」という家庭菜園用の苗を2苗買ってきて植えました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821183158j:plain

 

 

寒冷地でゴーヤを育てる方法をネットで検索し、かなり蔓が高く伸びてくるまでまわりをビニールで覆い保温して育てました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821182525j:plain

そうして、突然暑い夏がやってきて、ビニール外したら、本格的に苗が育ち、花が咲き始めていました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821182628j:plain

それからは、またネットで検索し、人工授粉させなければと、張り切っていました。

実は、人工授粉は最初の年育てたズッキーニで経験していたので、要領は分かっていました。

 

雄花と雌花の違いは、最初見ても全然分かりませんでした。

なぜかと言うと、雄花しか咲いていなかったからでした。

次の日も、また次の日も咲いてくるのは雄花ばかりでした。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821182719j:plain

ゴーヤの雄花

そして数日後、花の後ろが何か膨らんでいる・・・ついに雌花を発見しました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821182838j:plain

ゴーヤの雌花

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821183304j:plain

ゴーヤの人工授粉

こうして、やっと授粉させることができましたが、それからは、連日たくさんの花が咲き、雌花を探すのが大変になってきました。気が付くと、授粉させてないのに勝手に大きくなっている雌花を見つけました。良く見ると、好天に恵まれて、たくさんのゴーヤの花にたくさんの虫たちが付いて飛び回っていました。人工授粉などしなくても大丈夫なようでした。

沖縄などでは、野生化したゴーヤもあるようで、そんなに気を使って育てる必要のない生命力旺盛な野菜なんだろうと思いました。

結局、今まで8本の実が収穫できており、まだ10本ほどの実が育っています。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821183400j:plain

 

夫は、ゴーヤは実がゴツゴツして野性味があり育てていて楽しい。アスパラよりコスパが良いと、そこはもうゴーヤ畑に変えると言っています。(笑)

 

 

ゴーヤの栄養価は素晴らしいです。

低カロリーな野菜でβカロテンが豊富に含まれています。

ゴーヤ独特の苦みの原因ともいわれるチャランチンとモモルデシンと呼ばれる成分も含まれています。

ビタミンCが特に豊富で、ゴーヤには100gあたり約76mgのビタミンCが含まれています。その量は、キュウリやトマトと比較しても、5倍以上。

 

ゴーヤは加熱に強いビタミンCが含まれているおかげで、調理してもしっかりとビタミンCを摂取することができます。

 

ビタミンCには免疫力を高める効果が期待できると言われています。また、皮膚の免疫力も高めてくれるため、美肌効果も望めるようです。

ゴーヤの苦みの原因であるチャランチンという成分には、インスリンの分泌を促進させ、血糖値が下げ、モモルデシンには、健胃作用もある。

 

カリウムによる利尿作用で体内の熱を下げてくれることも期待ができそう。

 

ビタミンCの免疫力向上とあわせて、夏バテ対策にも効果が期待できるようです。

 

初めて自前で取れたゴーヤで「ゴーヤパスタ」と「ゴーヤチャンプルー」を作ってみました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821183629j:plain

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210821183709j:plain

 

 

私の終活を考えてみました

 

今月9日に夫のお母さんが亡くなりました。

そのため、昨日までブログを更新できませんでした。

 

私たち夫婦は事実婚のため法律上義父や義母と呼べないので、誤解ないよう夫父、夫母と呼ぶことにします。

喪主は夫父でしたが、高齢のため代理で私の夫が務めました。

夫母は90歳、夫父とは山の小さな小学校の時から80数年間一緒に過ごしてきた兄妹以上の存在とのこと。夫父は深い悲しみに暮れながらも、この年になるまで夫母のそばに寄り添い、見送ってやれたことを幸せに感じていたそうです。

 

6月2日、私が肝臓手術をした日の翌日、夫母は突然血便と脱水症状が出て、主治医の診断で入院しました。水も食事も取らず話すこともできず、高齢のため検査も手術も出来ないため、原因も分からないまま、ただ点滴により容体を見守ることしかできませんでした。

2週間後、入院時の血便や脱水症状が一応治ったということで退院となりましたが、主治医から今後どうしますかと問われ、夫は夫父や自分の妹達と相談の上、訪問看護による点滴を続けることを希望しました。

そうして7月になり、また点滴の期限がやってきました。夫母は多少認知気味のため、話すことはできないものの、まだ車椅子に座ったり目を動かしたりはできる。まだ生きる意志はあると夫が判断し、再び点滴を継続していくことを望みました。

水も食事も取れなくなれば、点滴をやめた時から生きる望みが絶たれます。

せめて水だけでも飲めるようにと回復を望みながら、それが叶わないことも覚悟していました。

静脈点滴が困難になり、皮下からしかできなくなった時、胃ろうなどの延命は望まないと伝えてあるため、いつかは看取りを迎える時が来る。そう覚悟しながらも、3度目の点滴期間が過ぎましたが、その頃北海道は観測史上なかったような猛暑が連日続いていました。

普通の人でも脱水症、熱中症になるような暑さが続き、さすがに覚悟はしていましたが、それでも施設からは何の連絡も来ませんでした。

そして、その猛暑も過ぎ去った8月9日の朝4時頃、夫母が亡くなりましたとの電話が届きました。

信じられないことに、その前日まで、それまでと特に変わりなく車椅子に乗せられて食堂に行ったり、身体も動かされていたそうで、亡くなる時は、多少息苦しさを訴えられた後、介護の人が気付いた時には息を引き取られていたそうです。

人間の命の不思議さを垣間見たような思いがしました。

 

 

今日は、抗がん剤治療の2サイクル目のスタート日です。大腸がんの手術をした病院で、点滴治療をしました。

今回から、抗がん剤を4種類使う予定でしたが、採血の結果、白血球の数値が基準より低かったこともあり、当初予定していたイリノテカンを外す対応となりました。主治医の説明によりますと、抗がん剤を出来るだけ長く使えるように、3サイクル以降も、イリノテカンを外す化学療法になるそうです。

1サイクル目は、副作用がほとんどなかったため、2サイクル目からは出来るだけガッチリがん細胞をたたくことを期待していたので、イリノテカン無しの治療だと聞いて、正直不安がよぎりました。だだ、長く継続出来なくなったら治療の選択肢も狭まってしまうので、ドクターの説明通りが現時点ではそれがベターな選択なんだろうと理解しました。

更に納得する為に、セカンドオピニオンとして大学病院の受診もしてみようかとも考えています。

いずれにせよ、今は体調も良く思考も前向きなので、冷静に終活的なことも考えてみたいと思います。

今日の2時半予約で、緩和ケア内科も受診しました。

前回、延命治療に関して宿題が出されていました。現時点での私の意思は次の通りです。

・点滴、輸血、苦痛症状をとるための睡眠薬などで眠ることはお願いするが、回復の見込みがない時は、胃ろうを含め経管栄養措置は希望しない。
気管挿管、人工呼吸器、心臓マッサージも希望しない。
・通院が難しくなったら、訪問診療をお願いして可能な限り自宅で過ごしていきたい。
・自宅が難しくなったら、ホスピス病院などに入院する。
・死亡後は、エンバーミング(遺体を長く保存する処理)を施して欲しい。
・遺骨は、海に散骨してほしい。

 

もう一つの宿題であった抗がん剤治療中の私のやりたいことも話しました。

・地元の観光案内人の検定試験を受けて合格すること。
・夫を私の母と姉妹と長女に紹介すること。
・まだ行ってない道南方面にキャンプに行って紅葉の写真を撮ること。
・コロナが収まったら、札幌ドームに行って地元のコンサドーレを応援すること。
・札幌のコンサートに行くこと(中島みゆき松山千春、フジコヘミング)
・丸駒温泉などの温泉宿に泊まり、雪見酒を堪能すること。
・お気に入りのスモーキーなウイスキーを心ゆくまで味わうこと。
・新しいお菓子を作って夫に試食して貰うこと。
・いろんな本をたくさん読むこと。
・地元のカフェ巡りをして、私流のマップを作ること。
・可能だったら北欧を旅すること。

これを見て担当の医師は、北欧旅行を除いては、キャンプもコンサートに出かけることも含めて、「全部できますよ。問題ないです。」と言ってくれました。

 

今日は体調も良いので、冷静に考えられることが良かったと思います。

あとは、免疫力がアップする日常生活を過ごしながら、更に人生を楽しみたいと考えます。夫とも考え方を共有出来て、ストレスフリーで有難いです。

 

夫母は90歳まで夫父と仲良く人生を過ごし、亡くなる前に身近な人とも面会出来て、最後は眠るように亡くなりました。コロナ禍であったこともあり、葬儀も身近な人のみで静かにお見送りできました。

私たちの自宅に夫の親族さんたち四人が泊まってくれて、夫母を偲びながら、ゆっくりとした時間を過ごして貰えました。そして、私もその中に入れて頂けた様な、暖かい気持ちで過ごさせて貰いました。

以前、私の叔父の葬儀の際にお坊さんのお説教でお聞きしたことがありました。

葬儀は、亡くなった方を御供養することだけでなく、残されて人たちが集い語らうことで、ファミリーの絆を感じて孤独が癒されたり、新しい人間関係が構築できる良き機会であると。

今回のことで、初めてお会いした夫の親族さんとも、昔からのお知り合いの様にしみじみとした関係になれたことは嬉しいことでした。

夫は私の次女とは、会ったことがありますが、それ以外の親族には、まだ紹介出来てないので、早くコロナが収束する日が来ることを待ち続けています。

副反応 と 副作用 がん余命

 

知っているけれど曖昧な理解の用語

 

病気の状況が変わるごとに、今まで知っていたけれど理解が曖昧だった用語がたくさんあることに気づきます。

 

そのままにしておくと漠然とした不安に繋がりそうなので、用語の意味するところを私なりに理解していきたいと思います。

 

例えば・・・

 

副反応 と 副作用

 

このところのワクチン接種で副反応という言葉をよく聞きますが、副作用とどう違う?

ちょっと調べてみると・・・

 

薬やワクチンの使用後に起きる「嬉しくない影響」という意味では同じなのだけれど、簡単に言うと、治療に使う薬では「副作用」と呼び、ワクチンの場合は「副反応」と分けて呼ばれているようです。 

 

がん余命

 

この用語は言葉に強い響きがありますが、はっきりしない概念でした。

 

手術を執刀して下さったドクターの説明によると・・・

「平均余命というのは平均寿命と似たようなもので、今日本人の平均寿命は女性で85歳くらいと思いますが、85歳になったら皆死ぬわけではない。100歳以上生きる人もいれば、若くして亡くなる人もいる。統計というのはそういうアバウトなところがあり、あくまで大勢のデータの結果なので、そんなふうに考えた方がいいですよ。」と言ってくれました。

 

ちょっと検索してみましたが・・・

同じがんであっても、がんの種類やできた部位によって進行具合が違い、がんが増える勢いや治療効果なども人それぞれ。

それぞれの患者の余命を月単位で予測するのも難しいようで、まして年単位で予測する事は不可能に近いそうです。

そもそも、余命宣告は意味がないと言うことで、余命宣告しないドクターもいるそうです。

 

同じ「余命〇〇月、ステージⅣ」でも、がんの発症部位や転移の状況、大きさ、治療の効果、その人の年齢や、精神状況などによっても違ってくるとか。

「余命宣告の期間を過ぎましたね。」ということはしばしばあることです。

 

がんのステージと平均余命の関係などが説明された記事を目にすることがあります。

たとえば私のように大腸がんが発見された場合、転移が確認されれば一律「ステージⅣです」となりますが、

・転移先が肝臓・膵臓・肺などいろいろあり、

・元々の基礎疾患があった人かなかった人か、

・がんの摘出手術をした人かしなかった人か、

・手術後の合併症があった人かなかった人か、

・どんな抗がん剤を使いどのように治療してきたか、

・副作用はあった人かなかった人か、

・いつから治療を始めて何年生きてきたか

・男性か女性か、

・若い人か高齢の人か、

・体力のある人かない人か、

・明るい人か鬱な人か、

・喫煙してきた人かしなかった人か、

・飲酒してきた人かしなかった人か、

・忙しい人か暇な人か、

・趣味を楽しんでいる人か楽しみがない人か、

・大勢で暮らしてる人か一人暮らしの人か、

・・・

などなど、数えたらきりがないほど患者さんの身体や治療に関わる患者さんごとの違いがあり、考えたら私と同じようなパターンなどほとんどないと思えるような様々な患者さんのデータを集計して、単純に死亡するまでの期間を「ポン」と計算して出したようなものがもし平均余命の数値だったとしたら、どうして「それが私の余命なんだね。」って思えるでしょうか?

 

平均余命という数値がどのように計算されて出されるのか私は知りませんが、仮に昨年がんで亡くなった人が何10万人かだった場合、その何10万人かの内訳は、20年間生きてきた人もいれば数カ月で亡くなった人もあり、昔の抗がん剤で治療してきた人もいれば最新の抗がん剤で治療してきた人もいるなどして、同じ土俵、同じ条件で考えることなど到底できないと思っています。でも、そういった人々の生存年数のデータをもとに平均余命などが計算されているのではないかと思っています。

医師が良く、「人によっていろいろ違いますからね。」などと言われるのは、そういうことなんじゃないかと思います。

 

私自身のこれからの人生を、「そうやって出された平均余命などの数値で考えたくない。」という強い抵抗の思いから、「余命を考えることなど頭の隅からも取り払って、限りある人生を、出来るだけ納得できるようポジティブに楽しく生きていきたい。」と、今は思うようになりました。

 

さらに言えば、今まさに私のようにがんの治療を受けている人は、最新の、あるいはこれから出てくるであろう新たに開発される抗がん剤の恩恵をも受けられるわけです。

 

がんであってもなくても、人は誰でも余命の中で生きています。

でも健康であるうちは、そんな限りある命であることなど意識しないで毎日を過ごしています。私もそうでした。

でも、病気になったおかげで、一日一日が、かけがいのない大切な時間と自覚できるようになりました。死より生きることを強く意識するようになりました。

そして、本来の私の「いろいろしたい病」がうずうずしてきました。

前から気になっていていつか読もうと思っていた本を取り寄せ、届いたらその日の内に一気に読み切りました。

満足感いっぱいです。

 

 

余談ですが、これを書いているうちに、かなり以前、主治医との会話の中でこんな話をしたことを思い出しました。

「これまで胃も大腸も検査などしたことがなく過ごしてきて、もし1~2年前に検査していたらもっと小さかったと思いますが、がんというのは、できてからどのくらいの期間で今くらいの大きさになるんでしょうか?」と、聞きました。

医師は、「がんがどのくらいの期間でどのくらい成長するのか、そんなことは誰にも分かりませんよ。もしそれを確かめるとしたら、がんを放置したままでの人体実験をすることになりますから。世界中のどこの医者もがんが発見された時点から治療を始めるわけですから。」と答えました。

以前から疑問に思っていたことでしたが、医師からの回答を聞いて、「なるほど!」と、妙に納得させられたことを覚えています。

こねずに作れるパン

 

「フォカッチャ」を焼いてみました。

 

今年の北海道は異常な暑さです。

北海道も札幌も、観測開始以来の連続猛暑とかで連日ニュースが流れています。

今朝も札幌でオリンピックの競歩が行われていましたが、まさか東京より暑くなるとは・・・。

今日も暑くて風もなく、エアコンのない我が家のリビングは、昼近い現在33度、湿度50%を超え、今年一番の蒸し暑さです。

我が家の賃貸住宅には元々エアコンが設置されてなかったため(夫が言うには、北海道にはエアコンのない家の方が多いとか)、この暑さは今年限りと思い、我慢して凌ぎ切ることにしました。

暑かったら何もせず、寝て過ごせばいいと。

 

そんなわけで、しばらくはブログを書く気にもなれず、ずーっとさぼっていました。

 

昨日からまたパン作りを再開しました。

6月1日の手術の後もなかなか復調せず、パンやお菓子作りは久しぶりになってしまいました。

また、だるくて疲れやすく、いくら寝ても眠いという日が一週間以上続いていました。

2~3日くらい前からやっと体調が戻り、多少動いても疲れなくなってきました。

昨年パンこね台まで買い、張り切って始めたパン作りでしたが、途中入院・手術などがあって長いこと中断していました。

手術が終わったら早めに再開したいとは思っていましたが・・・、

思わぬことに暑い夏が襲ってきてしまい・・・

夏場の暑い時期にパンこねするのは辛いものがあります。

そこで、以前から気になっていた「こねない・混ぜるだけでOKのパン」を試しに焼いてみました。

 

昨晩寝る前に・・・

すべての材料を箱型プラスチック容器の中で簡単に混ぜ、蓋をして冷蔵庫にいれておきました。

今朝起きてから・・・

鉄板に出し、200度のオーブンで15分焼きました。

もちもちフォカッチャが出来上がりました。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210806133004j:plain

 

 

予熱の設定を間違え最初の段取りが悪く、膨らみが今一だったような気がしましたが、これはこれで超モチモチ美味しくできました。家での食事パンとしては十分かと思います。

 

f:id:Asaki-Yumemiko:20210806132533j:plain

 

 

ネット上では、たくさんのレシピが公開されています。

出来上がりは・・・だったので、

パン作りの材料がたっぷりありますので、又焼いてみようと思います。

 

 

手術後の抗がん剤治療が再開されて二週目ですが、今のところ副作用もほとんどなく、元気に過ごせています。あえて言えば、以前と同じように冷たいのに敏感になっていることと、爪が割れるようにもろくなってきてること、は感じています。
でも、以前と違って暑い夏場なので、冷たさを感じにくくなっていて幸いしています。

 

最初一月に始まったばかりの頃は、副作用が出ないことに、「本当に効いてるんだろうか?」、と不安に感じながら過ごしていましたが、手術後の病理検査で効果が確認され、7月29日の執刀医との面談でも、「抗がん剤効きますよ」とあらためてお聞きしていたので、多少の不安はありますが、今は抗がん剤と闘っていく強い身体を作りや少しでも免疫力を高めていくことが重要と思い、今できること・やりたいことをやって行きたいと思っています。